労働者の健康管理のために、労働安全衛生法第13条の規定により常時使用する労働者人数が50人以上の事業場には、産業医を置くことが義務付けられています。
今回は、会社に産業医を設置した場合に、その産業医に対して支払う報酬が消費税の課税仕入れとなるのかについて、解説したいと思います。
産業医とは
産業医とは、会社の労働者が健康を管理し、快適な職場環境で仕事が行えるよう、専門的立場から指導・助言を行う役割の医師のことをいいます。
労働安全衛生法第13条の規定により、常時 50人以上の労働者を使用する事業場においては、事業者は、産業医を選任し、労働者の健康管理等を行わせなければならないこととなっています。
産業医は、以下のような職務を行うこととされています
② 健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること
③ 労働衛生教育に関すること
④ 労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること
労働者数 50人未満の事業場については産業医の選任義務はありませんが、近年の働き方改革の影響や新型コロナウイルスの感染拡大に伴う健康管理意識の向上により、選任義務のない場合でも産業医を設置する事業者が増えています。
産業医に支払う報酬は課税仕入れになるのか?
産業医に対して支払う報酬は消費税法上の課税仕入れとなるのでしょうか?
消費税法第2条第1項第12号に規定されている「課税仕入れ」の定義について見てみましょう。
十二 課税仕入れ 事業者が、事業として他の者から資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供(所得税法第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等を対価とする役務の提供を除く。)を受けること(当該他の者が事業として当該資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該役務の提供をしたとした場合に課税資産の譲渡等に該当することとなるもので、第七条第一項各号に掲げる資産の譲渡等に該当するもの及び第八条第一項その他の法律又は条約の規定により消費税が免除されるもの以外のものに限る。)をいう。
太字部分で示した通り、給与等を対価とする役務の提供は課税仕入れの範囲から除かれることになります。
これを踏まえて、産業医が「個人」である場合と「法人」である場合について考えてみましょう。
産業医が個人の場合は不課税、法人から派遣された勤務医の場合は課税
産業医に対して支払う報酬が課税仕入れになるかどうかに関して、以下のような国税庁の質疑応答事例があります。
【照会要旨】
医療法人が、事業者との間の契約に基づき、病院の勤務医をその事業者の労働安全衛生法第13条に規定する産業医(一定規模以上の事業所で選任しなければならないとされている労働者の健康管理に当たる医者)に選任して派遣した場合に、病院がその対価として事業者から委託料の支払を受ける委託料は課税の対象となるのでしょうか。(注) 個人の医師が事業者から支払を受ける産業医としての報酬は、所得税法上は原則として給与に該当するものとして取り扱われています。
【回答要旨】
医療法人がその勤務医を産業医として派遣した対価として受領する委託料は、医療法人のその他の医業収入となるものであり、課税の対象となります。
なお、開業医(個人)が事業者から支払を受ける産業医としての報酬は、原則として給与収入となり、消費税は不課税となります。
産業医が医療法人から派遣された勤務医である場合は、その委託料は法人の収入となるため、当然ながら所得税法上の「給与所得」には該当しません。
したがって、医療法人に支払う産業医派遣に係る委託料は、給与等を対価とする役務の提供に係るものではないため、課税仕入れに該当します。
契約の相手先が法人の場合、所得税等の源泉徴収は不要です。また、仕訳を行う際の勘定科目は「福利厚生費」などで処理します。
一方、産業医が個人(開業医)である場合の報酬は、原則として、所得税法上「給与所得」に該当することになります。
したがって、個人に支払う産業医報酬は、原則として、給与等を対価とする役務の提供に係るものであるため、課税仕入れに該当しないことになります。
契約の相手先が個人の場合、給与所得としての源泉徴収が必要となります。また、仕訳を行う際の勘定科目は「給料手当」となります。
法人に支払う産業医派遣に係る委託料の課税仕入れの用途区分
控除対象仕入税額の計算において個別対応方式を採用している場合に、医療法人に支払う産業医派遣に係る委託料の課税仕入れの用途区分はケースバイケースで異なります。
基本的には、全社員に対して診察等を行ってもらう対価として支払うものであるため、会社業務全般に係る課税仕入れとして、その用途区分は「共通対応」となります。
しかし、特定の部署のみの診察を委託をしている場合など(例えば、課税製品の製造工場の従業員のみの診察を専属的に依頼している場合など)は、その部署の診察に係る産業医派遣に係る委託料部分の金額は、その部署から生じる売上げに応じた用途区分となります。(課税製品の製造工場にかかる産業医派遣の委託料の用途区分は「課税売上対応」となります。)
産業医報酬は非課税取引とされる「社会保険医療の給付等」には該当しない
消費税法第六条《国内取引の非課税》の規定により、「社会保険医療の給付等」については非課税取引とされています。
「じゃあ、産業医の報酬は非課税になるのでは?」と思うかもしれませんが、産業医の報酬は非課税とはなりません。
まず、医療法人に支払う産業医派遣に係る委託料については、医療行為を受けた対価として支払うものではなく、産業医の派遣という役務の提供の対価として支払うものであるため、非課税取引とはなりません。
また、個人の開業医に支払う産業医報酬については、給与所得に該当することから、課税の対象の4要件のうち「事業として行うものであること」の要件を満たさないため、非課税となるかどうか以前に、そもそも課税の対象外(不課税取引)となります。
まとめ
産業医に支払う報酬が課税仕入れになるかどうかは、契約の相手先が法人であるか個人であるかにより異なります。
契約の相手先 | 消費税の区分 | 勘定科目 |
医療法人の場合 | 課税仕入れ | 福利厚生費 |
個人(開業医)の場合 | 不課税仕入れ | 給料手当 |
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614 | 産業医の派遣に係る委託料 |
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